義理と人情を大切にしているタクシーの運転手がいた。
ある日、近くの住宅街までお客を乗せていったあと、少し一服していると救急車が一台、サイレンを忙しなく鳴らして通り過ぎて行った。
すると、一人の少女がタクシーに乗り込む。
「運転手さん!あの救急車追ってください!」
「あいよ!それにしてもお嬢さん、ご家族が乗ってるのかい?」
あまりにも唐突だったが、これが運び屋の仕事だ。
しかし、こんな夜も遅くにこんな少女がタクシーを利用するなんて、親類でも搬送されたのかと気になった。
「いいえ、身内じゃないわ。」
「家族じゃないのかい?
でも追っかける位だから大切な人だろ?恋人とか。」
「あの人に返して欲しいんです!」
タクシー内で少女は声を張り上げた。
思わず、運転手は戦く。貸したものはよっぽどの物らしい。
気を取り直して、運転手は少女に聞いてみた。
「金貸してたのかい?」
「いいえ、お金なんかよりもっと大切な母の形見なんです。」
「お母さんの形見!そりゃあ大変だ気合い入れて追っかけなきゃ。」
何かに感化された運転手はタクシーのエンジンを吹かす。
フルスロットル。タイヤのゴムをこする音を鳴らして、軽快にそして、勢いよくタクシーを発進させた。
途中、信号に捕まった。
運が悪い……。運転手はいったんハンドルから手を離して、少女に問うた。
「それにしても、
救急車を追っかけるほど返してほしい形見ってなんなんだい?」
少女は、どこか震えた声で応えた。
「あの人の背中に刺さってるナイフ、母が生前大事にしてた物なんです。」